自閉症の男の子を抱えるシングルファーザーの奮闘記。学校とのやり取りや家族の話、息子の様子などをつづる。
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ノノパパは月へ?!
[ ノノパパ ] / 2005/10/19 12:41:58


 以前わたしは、逃避法とういう記事を書いたことがあった。

 落ち込んでいる誰かを元気付けたくて書いた記事だ。

 その後、程なくして自分がひどく落ち込む羽目になって宇宙へと逃避

してしまったのだが。。

 宇宙へたった独りで旅立つのは、孤独で淋しい。

 宇宙にぽっかりと浮かぶ地球意外は、真っ黒な宇宙空間だ。


 そうだ!月に行こう!

 月なら、地球も見えるだろう。


    月でうさぎと暮そうか。。。



ノノパパを応援してくださった沢山の方々に深く感謝いたします。
こめんと ( 7 ) | とらっくばっく ( 0 )


朝の戦争
[ ノノパパ ] / 2005/09/26 13:57:52

 朝は、毎日6時丁度にノノが起きだす。ほぼ6時丁度にだ。なぜその時間がわかるのか未だに不明だが、ほぼ間違いなく6時に起き出すのだ。
 今朝は、6時にベッドの上をぐるっと走りながら「アルファーリゾート21!」と3回叫んで、リビングへと降りていった。昨夜見た電車のビデオの夢でも見ていたのだろうか? こうして毎朝わたしの朝の戦争は始まる。
 朝は、少しでも遅くまで寝ていたいものだが、ノノが6時に起こしてくれるので、土曜も日曜も同じ時間に起こされることになる。もっとも土日は、二度寝してわたしが会社に遅刻しそうになることもあるのだが。
 昨夜遅くまで起きていたせいか、今朝はとくに眠い。
 ノノの後を追うようにリビングに下りるとノノは、寝っころがってビデオを見ているか、パソコンで遊んでいる。ノノの様子を見ながら朝食の準備を始める。
 朝食のおかずは、多くは野菜炒めだ。夜は、会社を抜け出して準備するのでどうしてもお惣菜が中心になりがちだ。野菜をたっぷり食べさせるには、野菜炒めは、好都合だ。その日によって野菜や味は、変える様に心がけているのだが、はたして気づいているのか。
 今朝も、冷蔵庫を眺めて、キャベツを刻む、今朝は、もやし、ピーマン、にんじん、玉ねぎ、シメジ、それにウインナーソーセージ。お肉を入れることもあるが、簡単さから言ってベーコンやウインナーソーセージをつい使ってしまう。味付けは、毎朝気まぐれで決める。今朝は、塩コショウとオイスターソース少々、それにほんの少しカレー粉を入れた。
 野菜炒めの隣で、味噌汁を作る。と言っても死んだ母のように完全同時進行は出来ない。野菜炒めが出来る頃、味噌汁の鍋のお湯が沸いて、今朝は玉ねぎを入れた。野菜炒めを4つのさらにとりわけ、フライパンを洗い卵焼きを作る。焼き加減を見ながら、味噌汁に豆腐を入れた。卵焼きを皿にとりわけ、味噌を溶かす。最近のだし入りの味噌はほんとうにおいしい。溶かしただけで、それなりにおいしい味噌汁の出来上がり。乾燥わかめを一掴み。これで手抜き朝食の出来上がり。
 すぐさま2階に駆け上がって、ノノ兄を起こす。ベッドから落ちそうな格好でおなかを出して寝ている。ノノとは対照的にノノ兄は、声を掛けたぐらいでは、決して起きない。身体を揺さぶって起こす。「早く起きて、顔を洗って!」朝、家に響き渡るのは、お母さんの優しい声ではなくて、お父さんの太い声だ。
 キッチンに降りて、フライパンを洗い、まな板と包丁を洗って片付ける。もう一度玄関ホールに出て大声で「学校遅れるぞ!」と二階に向かって声を掛ける。ふらふらと階段をノノ兄が下りてきたのを見届けると、ノノ兄の食卓を作る。ノノの食事は、わたしが介助してあげないと無理なので、ノノ専用のお盆に載せてノノのところに行く。ノノは一口食べては、スプーンを置く。味噌汁も手伝ってやって、それでも一生懸命に食べる。ノノが食べ終わる頃には、いつの間にかノノ兄は食べ終わっている。
 「パパ、靴下ないよ!」「そこにあるだろ!」「どこだよ!あ!あった」「給食袋、体育袋、ズック、そこにあるから忘れるなよ!」「わかってるよ!」「ああ!箸と弁当箱ここに置くから忘れるな!」ノノ兄があわただしく仕度をして出て行く「行ってきま〜す!」以前は、ノノも一緒に出て、わたしと一緒に2Kmほどの通学路を学校まで歩いて行っていたのだが、今は、車で送り届けている。わたしの出勤時間が間に合わなくなるからだ。もちろんもう少しわたしが早起きすれば出来ないことではないのだが。  ノノ兄が出て行くと今度は、わたしの仕度だ。急いでシャワーを浴びて、身支度をする。それが終ると直ぐにノノを学校まで送る。
 以前は、下駄箱のところまで行って、ズックを履かせたりしていたが、今は校門のところで送り出す。みんなに声を掛けられながら、校舎に消えていくのを見届けて、家へと急ぐ。
 遅めに起きてくるノノジジの食卓を整えて、急いで朝食を食べる。朝食の食器は、軽く水洗いしておくだけだ。夜にまとめて洗う。熱帯魚にえさをやって。これでやっと朝の戦争は終了だ。
 おっと、会社!会社!「行ってきま〜す!」

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ブログお引越しと再開のおしらせ
[ ノノパパ ] / 2005/08/09 21:38:12

 ブログお引越しに伴いしばらくお休みさせて頂きました。

お休みしている間も、皆様から暖かい励ましの言葉を頂きましてありがとうございました。

 これまで同様、また遊びに来ていただければ、とてもうれしいです。

こめんと ( 24 ) | とらっくばっく ( 0 )


ピアノ
[ ノノパパ ] / 2005/06/13 21:59:36

 リビングの奥に小さなアップライトピアノが置いてある。そう高価なピアノでもなく、もう傷だらけで放置してある。ピアノには白いレースのカバーが掛けてある。ノノババが生前どこからか払い下げてきたウェディングドレスの生地を使って作ってくれたものだ。

 先日の休みの日にふと何気にそのピアノが目に留まった。ノノとノノ兄は、学校に行っている。ノノジジは、買い物行って今は一人きり。
 すーと引き寄せられるように、ピアノの前に座る。レースのカバーを捲り上げて、キーを見る。真っ白いはずのキーは、汚れ放題だ。おまけにノノママが貼り付けたドレミシールが中央の1オクターブに張ってある。そっとキーをたたいてみる。かなりずれている。もう10年以上チューニングしていないのだから無理も無い。でも、その澄んだ音色には、こころが洗われるようだ。

 私は、ピアノをまともに習ったことは無い。小学校の低学年まで習っていたが、これ以上進むには家にピアノが無いと無理と先生に言われた。そのころの我が家には、ピアノどころがオルガンさえも無かった。私は、母に懇願した。「ピアノを買って!」と。母は、「父さんに頼んでみる」と言ってくれたが、父は「男の子がピアノなんか習っても何の役にも立たない。」と。母は、月賦で小さなオルガンを買ってくれた。それがその当時の母に出来る最大の愛情であったことは言うまでも無い。

 それから、私はいつかきっと自分でピアノを買ってみせると心に誓った。
 そして、このピアノが、私の初任給の全てでかった中古の小さなピアノだった。

 久しぶりに、弾いてみる。ノノのために童謡を弾いてあげる意外は、もう10数年まともに弾いていないのだからうまく弾けるわけも無く、調律も外れ放題だ。

 ジョージウインストンのオータム、「あこがれ・愛」。私の好きな曲だ。
 一気に時をさかのぼり、当時の私がよみがえる。

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ひさん、ってなに?
[ ノノパパ ] / 2005/06/04 15:30:01

 先日4学年の懇親会があり、久しぶりに酒が入った。ノノの学校は、各学年1クラスしかないため、学年懇親会のメンバーは、毎年同じ顔ぶれだ。毎回おおよそ3分の1くらいがお父さんで3分の2がお母さんの構成だ。
 大体いつもノノファンの一部のお母さんが、「ノノ君がっばってるね」なんて話をしてくれる。今年も数人の方からノノの話題が聞かれたが、今年は少々周りの話題がいつもと違う。

「そう言えば、この前の授業参観のとき、○○君の新しいお母さん来てたわよね!」
「ああ、××ちゃんのところ、離婚したって知ってた?」

う〜ん私にその手の話題を振りたいのに振れずに居るんだなぁ

 私は、あえて知らないふりをしていたが、奥様方は、ノノママが強烈なキャラクタで、毎回懇親会を盛り上げていただけに興味があるらしい。
 結局私に直接切り出せる奥様は居ないらしく、宴は終盤へと向かった。
 みんな、かなり酒が入ってきていい雰囲気になってきた。隣に、近所のお父さんがお酒を片手にやってきて私の隣に陣取った。

「いやー。ノノパパさん!ノノパパさんも悲惨ですなぁ〜」
  ん?悲惨?
「会社辞めて仕事始めてんでしょう? このご時勢、なかなか大変ですなぁ〜」
  まあ、確かに大変だが、悲惨?かぁ?
「そこへもって、ほら、子供を置いてかれちゃってさぁ。あー悲惨ですなぁ〜」
  置いてかれた?置いていって頂いたのだ!
「その上障碍児でしょう!悲惨ですなぁ〜!」
  なに?障碍児が、悲惨??
「まー三重苦ってところですかぁ?」
  三重苦?なんだぁそれ?

   「いや、あの、悲惨ってことじゃぁー…」
「心中お察ししますよ!んー!」「悲惨だー!」
  あー段々ほんとに悲惨な状態になってきたので、さっさと逃げ出そうとするが。。。

「まぁーノノパパさん!私がいい嫁さん探してあげますから!がんばって下さいよぉ!ね!」
  それは、元気付けられているのだろうか?哀れんでいるのだろうか?

私の肩を思いっきり叩いて
「じゃ、私は、これで。。。」
  おいおい!まだ何も話して無いのに言うだけ言って逃げるのかぁ?

あー立つのもやっとなほどふらついている。酒の上での話だ。あまり気にしても仕方が無い。

 それにしても、三重苦かぁ。そんなことを言われると気が重くなる。
 でも障碍児も悲惨なのかぁ。それがホンネなのだろう。がっかりする。

 どうやら、近所の噂では、嫁さんに逃げられたことになってるようだ。なんか悲惨な話だ。

来週は、6学年の懇親会がある。ずる休みしようか。

こめんと ( 4 ) | とらっくばっく ( 0 )


見透かされる
[ ノノパパ ] / 2005/05/17 20:16:41

 夕方6時を過ぎる頃私は家路を急ぐ。夕食を家族に食べさせるためだ。この時期は、まだ夕陽が西の山に沈まない。刺すように目に入る夕陽に向かって車で15分ほど走れば家に着く。
 家に着くなりノノの顔を見る。「ただいま」と言うとノノも「ただいま」と言う「おかえり」「おかえり」。これがいつもの挨拶だ。今日は、ノノも機嫌がよさそうだ。簡単なおかずをつくり買っておいたお惣菜と共に食卓を作る。ノノの食事を別に作り、ノノ兄とノノジジに食事を促す。
 ノノは、食事に介助が必要だ。一口食べては、スプーンをおく。一口飲んではスプーンをおく。一緒に根気よく食べさせる。これが我が家のいつもの夕食の風景だ。ノノママの具合が悪くなってら数年ずっとこんな風景だ。

 この穏やかな夕食の風景を維持するには、私にもちょっとした努力が必要だった。離婚を含めて、ノノママの病気、ノノの障碍、母の死。いろいろ辛いことが起こる生活の中でいつしか私は、感情を顔に出さない様にしてきたようだ。どんなに辛くても家族の前では笑っていたい。私が取り乱したら我が家に安住の場所は無くなってしまうと思ったからかもしれない。
 ノノママが包丁を振り回して「ノノを殺して私も死ぬ!」と叫んだ夜。ノノ兄は、その一部始終を物陰からこっそり見ていた。私は、辛くても悲しくても子供達の前では、決しておくびにも出さない様にしていた。

 いつもの様にノノに食事をさせようとした。ノノは、私の顔を見るなり、スーと立ち上がり、ミニカーをとり上げ窓辺で転がし始めた。調子が悪いのだろうか?「ノノ!おいで!」と呼んだが、来ようとしない。こんなことは、ここのところ無かったのに。「ノノ!おいで!!」もう一度強く言うとやっと戻ってきたが、いつもと違って目を合わせようとしない。かまわずスプーンを持たせて食べさせる。散漫だ。横をキョロキョロして私の目を見ない。やはりどこか調子が悪いのかもしれない。と思ったとき。急に私の目を覗き込むように見つめ私の頬を手で優しくなでた。「なかないの」ノノが小さな声で言う。
 何でだ?パパは、笑ってるじゃないか!いつもと同じようにニコニコしてるじゃないか!なんでそんなことを言うんだ!
 ノノは、私の頬にチューして「なかないの」ともう一度言った。こらえられなくなって、目から涙が1粒こぼれ落ちた。いつものように普通に笑顔でいた筈なのに。ノノ兄もノノジジも気づかなかったのに。ノノには、仮面の下が見えるのか?

 考えても自分ではどうしようもないことが世の中にはある。わかっていても考えてしまって、考えれば考えるほど、どうしようもなく辛くなる。

 「パパは、だいじょうぶだからたべよ!」と言うと「はーぁー」と言って、もう一度頬にチューしてくれた。

 この子には、言葉は通じないが、心が通じているんだ。

こめんと ( 29 ) | とらっくばっく ( 1 )


逃避法
[ ノノパパ ] / 2005/04/26 12:06:41

 私の周りの人たちに言わせると、私は、『怒らない』、『動じない』、『冷静』、『我慢強い』人によっては『冷たい人』と言う人もいる。本人は、いたって普通だと思っているし、あまりそのような評価を気にしていない。別に不感症でもないし熱血漢でもないと自分では思っている。
 私だって、泣きたい時はあるし、怒りたい時もある。ただいつの日からか、段々と自分の感情をある程度コントロールできるようになった気がする。
 ノノ兄が生まれたばかりの頃、ちゃんと母乳が出るのにノノママは、ミルクを与えその大半がノノパパの仕事となった頃、随分と理不尽な怒りを胸に秘めていた。ノノママが買い物で浪費したり、夜飲み歩いて朝帰りすることが多い時も、悲しんだり怒ったりしていた。何度か本気で怒り散らしてやろうかとも思った。
その頃からだろうか、私は、自分がある逃避法を使っていることに気づいたのは。

 これから、その逃避法について書くが、みんなに効果があるとは、とても思えないし、そもそも馬鹿げている話なので、あまり真剣に読んでもしょうがない。冗談の類いとして読み流してほしい。


 私は、小学生の頃SFにハマった。特に宇宙物は大好きで、宇宙をいろいろと調べた。アポロの衝撃がまだ冷めやらぬ時期だし、スタートレックなどのアメリカのSFドラマにも大いに影響を受けていたのだろう。今の言葉で言うと「宇宙オタク」だろう。


 「木を見て森を見ず」とよく言うが、本来の意味はさておいて、現在は大局を見極めて考察せよとの使われ方をしている。これは、日常生活でもとても大切なことだと思う。目の前の障害や1つ1つの物事に感情的になり一喜一憂することは、大局的に考えれば、小さなことかもしれない。しかし実際その当事者にはそんな余裕が生まれないのは言うまでもないが。
 私の解釈では、この言葉はかなり上手く出来ていると思う。「森」が大局だからだ。「森」の向こうに何があるのだろうか?もっと遠くには、森で無いものがあるのだろうか?
 大局を考えるのは「森」程度にしておけ、と私は解釈する。それ以上広い視野で物事を考えると何も出来なくなってしまうからだ。人は、そこまで大きく物をとらえて考える力は無い。なぜなら想定できない偶然が沢山起こるからだ。全てことを想定したら、かえって前に進めなくなってしまう。例えば「もし障害のある子供が生まれたら」と考えたら。どうするのだろう。

 私の逃避法は、「森」の外まで見てしまうことだ。「森」の外を見ると、私が暮らす森が可愛いものに感じる。そして今自分が遭遇している困難が、一時的な感情の高まりか、今考えても仕方の無いことのどちらかに思えてくる。どうやって「森」の外を見る?私は空を飛べる。


 自分を見失いそうになった時、目をつぶる。そして目をつぶった自分を真上から見下ろしていることを想像する。悲しみにくれた、または怒りに振るえた自分がそこに居る。少しづつ高く飛ぶ。段々自分が小さくなっていく。建物を突き抜けて屋根が見え始める。もっと高く。
 町並みが見えてくる。沢山の家やビルに明かりがともり、車が走りいろんな人がこの瞬間いろんな営みをしている。もっと高く。
 町並みが小さくなり、町の地形が小さくなって、海が見える。日本列島が見える。雲の中を突き抜けて。もっと高く。
 海が広がり、台地が丸みを帯びて、やがてそれが丸いことがわかる。地球の外殻に真っ黒な宇宙がある。もっと高く。
 地球が段々小さくなって豆粒のようになる。もっと高く。地球なんか見えなくなる。それでも宇宙は、無限に広い。その中のちっぽけな地球の上のちっぽけな島の上のちっぽけな町の中に大勢の営みがあり、みんな精一杯生きている。
 宇宙の時間からすれば、私が生きている時間は、ほんの一瞬であり、どんなに頑張ったって宇宙には何の影響も与えないし、なんの記憶も残らない。

 自分の身体に戻って目を開ける。大体は、感情のバランスの問題か、今はどうしようもないことだ。論理的に考えよう。スポックのように
こめんと ( 21 ) | とらっくばっく ( 1 )


はじめまして
[ ノノパパ ] / 2005/04/09 15:45:08
〜はじめまして ノノ兄です〜
 ブログを始めてから2ヶ月近くになるのによーく考えるとまともにプロフィールを書いていない。そもそもブログがこんなに続けられるとは思っていなかったふしもありましたが、皆さんの暖かいご支援でここまで続けて来ることが出来ました。これからもよろしくのご挨拶を兼ねましてちょっと家族の紹介をしたいと思います。

ノノパパえっと、私です。1964年生まれ独身×1です。東北に住んでおります。趣味はいろいろありましたが、今は暇が無いです。今一番したいことは、12時間位寝ていたい!です。
ノノノノは、次男です。自閉症で、学区の小学校の特殊学級に通う4年生です。言葉による会話は出来ません。生活にも介助が必要です。
ノノ兄はじめまして ノノ兄です。長男です。ノノと同じ小学校の6年生です。
ノノジジノノの祖父(私の父)です。定年退職して、昼間は、ノノをみてくれています。

 以上の男系男子4人暮らしです。
 ちなみに我が家の女性陣は ノノママ:私の元妻です。昨年離婚しております。   ノノババ:ノノの祖母。(5年前に)急死致しました。

簡単ではございますが、紹介させて頂きました。これからもよろしく
こめんと ( 19 ) | とらっくばっく ( 0 )


ノノパパの野望
[ ノノパパ ] / 2005/04/02 12:02:38

 ノノが幼稚園に入った頃からノノママは、自閉症の成人が暮らす施設や作業所などの見学を積極的に行った。もちろんノノパパも誘われたが、正直言ってあまり気が進まなかった。私の中では、まだノノが良くなるんじゃないかとゆう思いが払拭できずにいたからかもしれない。ノノママは、私より遥かに現実を直視し将来を見据えていたのだろう。

 自閉症の成人が暮らす施設や作業所を見るのは、私はとても複雑な気持ちだった。施設の人も暮らす人達もみな最善を尽くしているのはわかったが、やはり動揺無くして現実を直視することは出来なかった。これ以上ここで具体的な私観を書くことは出来ないが、機会があれば是非訪問してその目で見てほしい。

 やはり、社会の意識改革や制度改革もとても大切なことだが、現実としてこの子がどう生きて行けるかをまず考え、道筋をつけてやらなければ、死ねないと思った。

 何にせよ、一番大切なのは、身辺自立だ。これが出来るのと出来ないのでは暮らし方に大きな違いが出てくる。これが大きな学習目標だ。誤解の無いように補足しておくが、自閉症と言っても身辺自立など簡単に出来てしまう子もいればそうでない子もいる。自閉症は多様だ。ノノは、生活の多くで介助が必要だ。


 ノノママが精神科に入院していた頃、同じ病棟に二十歳くらいの自閉症の女の子が入院していた。彼女は、学校を卒業して施設に入ってから、精神疾患になり、今は病院に入院している。自閉症の子でも大きくなっていろいろなストレスなどからうつ病などになる人もいるそうだ。そうした子は、障害者施設でも受け入れてもらうのは難しく、病院に入院させておくのも問題が多い。
 彼女は、私が病棟のホールのベンチに座っているといつも脇にちょこんと座ってにこにこしていた。しかし、日によっては、彼女の病室から叫び声が聞こえてきた。彼女は、ベッドに拘束されていた。それが、彼女の生活だ。


 ノノの将来について混迷を深めていた頃、私はサラリーマンをしていた。このまま定年まで働き続ければ、ある程度のお金をノノに残してやれるだろう。お金は生活する上ではとても大切なことは変えがたい事実だ。しかし、お金を残せば、より良い施設や作業所に行けるのだろうか?ノノの生活をサポートしてくれる人にめぐり会えるのだろうか?そもそも私がいなくなった後、ノノが幸せに暮らす環境を手にすることが出来るのか?その時だ、私の中にある野望が生まれたのは。

 私が創ろう。社会福祉法人でもNPOでも個人運営の作業所でもいい。ノノと幾人かの人たちが暮らせる場を創ろう。どうすればいい?このまま仕事に明け暮れていてはとても無理だ。かといって資金も必要だ。私一人ではできない。人脈と信用が必要だ。
 とにかく会社で仕事をしていては何も出来ない。自立しよう。ノノを自立させるのだからまず私が自立しよう。そんなこと上手くいくとは思えない。厳しい選択だろう。例え破産しても、ノノのためにできる限りのことはやってみよう。そう思った。(もちろんノノママのことや転勤の事もあったのだが)
 ノノに関わる時間や、資金、信用、人脈、経営知識。それらを残された人生を全て使ってノノ達の生活の場を地域と共に創ろう。

 まず、自分ができることで足場を作ろう。私は、地元にコンピュータ関連の小さな会社を興した。店舗では、パソコンの教室やトラブルの対応などができ、地域貢献が少しでもできるように。ソフト開発事業では、地元の会社のコンピュータ活用をサポートし人脈を広げる事ができれば。
 今、3期目に入って何とかつぶれずに続いている。地元のNHKの番組出演の反響もあって店舗にも近所の人が遊びに来てくれるようになった。自閉症サポートの先生にも賛同、協力してくれる人も。

 まだまだ、目標は遠く、登り始めたばかりだ。途中で挫折することもあるかもしれない。でも、決して後悔だけはしない。出来得る事を精一杯やって死にたい。

 ノノの笑顔がいつまでもつづくように。

こめんと ( 16 ) | とらっくばっく ( 1 )


結婚の断片と死んだ友人
[ ノノパパ ] / 2005/03/28 20:43:04

 ノノママは長く入院したあとそのまま離婚、別居となってしまったため未だに家の中はママがいた頃とあまり変らない。変ったのは寝室のタンスや服が減ったことくらいだ。ノノママの荷物もまだかなり残っている。片付けなくちゃと思うのだがなかなか時間がとれずいつまでも片付かない。
 それでも少しは片付けようと思い立ち、置き去りにされている荷物たちの整理をはじめた。探していると出てこなかったものがこんな時に出てくるものだ、思い出の詰まった結婚していた証しの断片がいろいろ出てくる。雑誌と雑誌の間に見覚えのある小冊子を見つけた。結婚式のパンフだ。といっても40ページ以上ある製本されたものだ。

 わたしとノノママは2回結婚式を行った。私たちが結婚を正式に決めた4月にノノママの古い友達に報告しにいった時のこと。その友人は、「結婚式が10月では遅すぎる!ノノパパが気が付いて結婚破毀されてしまうぞ!」と冗談とも本気とも取れることを言い出した。かくしてその友人が中心となって会費制の披露パーティを5月にひらく事になった。その頃ノノママはボーカルのサークルをしていたし私はバンドなどしていたので、かなり大掛かりなパーティになった。そのパーティーで配った小冊子だった。

 この小冊子は、私の会社の同僚であり友人であるJ氏が中心となって作ってくれたもので、漫画やエッセイ寄せ書き等多彩な内容のものだ。J氏は、とても絵が上手く、漫画、デザイン、油絵などそのジャンルを問わず非常に描くことの才能があった人物だ。
 私と彼は、職場が同じでSEをしていた。彼は、私より1つ年上だったが、入社が私のほうが早かったため、私のチームの一員として一緒に仕事をしていた。私が結婚した次の年の年明け1月12日の夕方、私のチームが担当しているメインコンピュータの1台が突然機能停止した。原因を調べたが直ぐにはわからず、結局外部記憶装置の制御回路が正常に動作しないことを突き止めた頃には、午前2時を回っていた。直ぐに部品を手配して、バイク便が基板を抱えて到着したのが午前4時少し前だった。部品を交換し、ファームを確認し起動したのは、午前5時前だ。やっとのことでシステムが再稼動し、手持ち無沙汰にしていた深夜の従業員が働きだした頃、私とJ氏はやっと帰路に着くことが出来た。会社の外は、もううっすら明るくなって来ていた。会社の駐車場でお互いを労って家路に着いた。「お疲れ様」 彼と言葉を交わしたのは私が最後で、彼を見たのは、それが最後となった。家に帰って直ぐに布団に入ったが9時過ぎ頃だろうか会社からの電話で起こされた。「またシステムダウンか?!」嫌な予感が頭をよぎった。部長からだった「J氏が今朝亡くなりました。」唐突に告げられた言葉に頭が即座に反応できなかった。「はぁ?亡くなったって言いますと、、、え?何ですか?」「J氏が亡くなられました。」もう一度告げられてやっと意味が耳に届いた。直ぐに交通事故が思い浮かんだ。「事故ですか?」「いや。ご自宅で心筋梗塞で亡くなられました。」
彼は、まだ30前だ。心筋梗塞でなんて。頭が真っ白になった。
 彼は、後日労災認定された。私は彼より多く残業していたので、規制が掛かった。もちろん一時的にだったが。

 その彼が創ってくれた結婚式のパンフレット。彼が描いてくれた私とノノママの馴れ初めのエピソードマンガが彼の実質上の遺作となってしまった。 
 私は、小冊子を手に取りパラパラめくって、いなくなってしまった妻と友人に想いをはせた。

おまけです。スクロールしてご覧下さい。


 J氏の遺作となった作品の部分をPDFで記載しました。

 ※この作品は、ノノママとノノパパの馴れ初めのエピソードをマンガにしたものです。離婚した元妻との馴れ初めの事を掲載するなんて考えられないとお怒りの方、見ない方がいいです。

 ノノママとノノパパの顔を見たい方は、どうぞ!(笑)
 尚、作品中の名前の部分は、都合上ノノパパ、ノノママに書き換えています。また、この作品は東北弁で書かれていますので、わからない方はご容赦下さい。
(ご覧になるにはAcrobatReader5.0以上が必要です)

 [作品を見る]

(作品中に出てくるノノママの友人、Hiroeさんの歌声が聞きたい方は、)


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