自閉症の男の子を抱えるシングルファーザーの奮闘記。学校とのやり取りや家族の話、息子の様子などをつづる。
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ノノジジの家事
[ ジジとババ ] / 2005/04/18 20:59:23
 
 ノノジジは、神経質で無口な人だ。ノノババが生きていた頃は、家事の一切をノノババがやってノノジジは、どちらかとゆうと「お茶!」「新聞!」「風呂!」ってタイプの人だった。
 小さい頃私は、そんな父がいやだった。母は、朝から晩まで働いて家事一切をして私を育ててくれた。父は、サラリーマンだったが、土日は休みでは無く、盆も正月も関係なし、おまけに交代制の勤務で不規則な生活だった。だから、私が小さいとき家族旅行などした覚えも無いし、せいぜい日帰りで海に行った記憶しかない。だから、私は、いつも鍵っ子で、母がとても大変だなぁと思っていた。母は、なぜあんな父の言うことを笑顔でハイハイ聞いているんだろうと不思議にさえ思えた。

 父は、母より5歳年下で、職場結婚だったようだ。どんな恋愛があったのかは、わからないが、息子の私が言うのもなんだが、若い時の写真を見ると二人ともそれなりに美男美女って感じだ。二人の間には、私のわからない愛情や絆があったのだろうと思う。
 散々苦労させてしまった母は、休むまもなく孫(ノノ兄)の面倒を見て、やっと少し手が掛からなくなった頃に亡くなってしまった。これから少しは父と旅行にでも出そうと思っていたのに。

 母が亡くなってから、家事一切は、ノノママの仕事となった。父は、ノノママの食事に文句を言うことは無かったが、一緒に生活している以上、子供のことや生活の細かいところで口が出たりすることもあった。
 ノノママにとっては、そうしたこともかなりストレスだったことだろう。
 
 ノノママが、病床に臥すようになり、段々家事が出来なくなって行くと、その分私が家事をしなければならなくなった。
 私が夜遅く仕事から帰ってくると、流しには1日分の食器が山積みであった。洗濯物も山積みになり、夜中に洗濯をした。そんな状況でもノノジジは、家事一切に全く手出ししなかった。
私は、父は、そういう人だと思っていたので、それが当たり前で何の不自然さも感じなかったが、ただただ母は、よくケンカもせずに頑張ってきたなぁと感心した。
 ノノママが、入院し家事の全てが私の仕事になっても父は、相変わらすだった。それでも、ノノを学校に迎えに行ってくれたし、私が居ない間は、みていてくれていた。
ノノママと離婚することになった時も、うちの中の生活は、何ら変りはなかった、1年もノノママは家に居なかったしノノ兄には離婚したことを未だに説明していない。だから、生活はなんら変ることがなかった。
 そんなある日のことだ、我が家に異変が起こったのは。
 私は、いつも一旦会社から戻り、夕食を出してから会社に戻って仕事をする。ノノを寝かせる時間になると帰宅してノノを寝かせつる。それから食器洗いや、洗濯、時には掃除も夜したりする。朝は、何かと忙しくて結局夜になってしまうのだ。夜中にこっそり洗濯物を干しすのは、結構ほねがおれる。音を出さずにしわを伸ばすのはコツがいる。
 それでも、夜疲れて寝てしまうこともある。そんな時は朝バタバタと洗濯したりするのでつい洗濯機に洗濯物を残したまま出社して、夜にまた洗濯する羽目になったりする。
 
 そんな時でも、ノノジジは、「洗濯機に入ったままだぞ」などと言うだけで一切家事はしてくれなかった。

 ある朝私は、出社してから洗濯物を洗濯機に入れたままにしていたのを思い出した。でも、その日は忙しくで抜け出して干す訳にも行かず、帰ってから洗いなおそうと思っていた。
 そうして夕食を出しに家に戻ると、ん?夢か幻か?洗濯物が干してある。もしかして私が朝干したのを忘れていたのか?いや、そうではない。明らかに私の干し方と違っていた。
 ノノジジが干してくれたのだ。ノノジジは、顔を合わせてもそのことは何も言わずいつもの通りだ。私も「ありがとう」と言うのが照れくさくてそのままになってしまった。
 次の日の朝、ノノジジが、「洗濯機ってどうやって使うんだ?」と聞くので、照れくさいのもあって私もぶっきらぼうに「洗濯物入れて、洗剤入れて、スイッチ押すだけ!」と答えると「それでいいのか。」と。
「もう、時間が無いから行ってくるよ!」と言って家を出た。もしかして洗濯してくれるのだろうか?それよりも洗濯機の使い方を聞いてくれただけで、ほんとは嬉しかった。ノノババが生きていたらどんなに驚いたことだろう。ノノババが生きているうちに言ってあげてほしかったのに。そんな思いで胸が詰まった。
 帰ってくると、洗濯物が干してあった。神経質な父の性格を反映してカッチリきれいにほしてあった。ほんとは胸が熱くなったのだが、「どうも。」とぶっきらぼうに父に言うと、父は、何も言わずただうなずいた。
 それから、ノノジジは、ノノの入浴や、ちょっとした掃除もしてくれるようになった。
こうして、ノノジジのありがたい家事がはじまった。

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