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以前わたしは、逃避法とういう記事を書いたことがあった。
落ち込んでいる誰かを元気付けたくて書いた記事だ。
その後、程なくして自分がひどく落ち込む羽目になって宇宙へと逃避
してしまったのだが。。
宇宙へたった独りで旅立つのは、孤独で淋しい。
宇宙にぽっかりと浮かぶ地球意外は、真っ黒な宇宙空間だ。
そうだ!月に行こう!
月なら、地球も見えるだろう。
月でうさぎと暮そうか。。。
ノノパパを応援してくださった沢山の方々に深く感謝いたします。
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5月から臨時に来て頂いていたY先生と今日でお別れすることになった。
ブログの記事には紹介していなかったのだが、ノノの担任の先生は、4月の末から、母さんの具合が悪く、休職していらっしゃいました。Y先生は、急遽ピンチヒッターとして赴任された、先生です。
【4月の掲示板に紹介してましたので抜粋です】
昨日、学校までノノを迎えに行ったら、担任の先生に呼び止められ、「ちょっとお話があるので、校内の会議室にお出でねがえませんか?」と唐突に言われ、何だ?何だ?と思いつつノノの手を引き会議室へ。
先生の神妙な面持ちから、これはなんか大変な話かと、構えてしまいました。
話の内容は、
先生のお母さんが病気で、来週から夏休みまで、休暇を取るとのこと。5月中旬から代わりの先生が来ること。
でした。
私は、ノノママのこともあって、そのくらいなら命に関わらないな、などとおもって。顔色も変えずに。「わかりました。お大事になさってください」と答えると、先生もちょっと拍子抜けした様子だった。
今の学校は、ノノのことを知ってくれている先生がみんな転出してしまって不安はあるのだが、仕方が無い。
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5月の連休明けからY先生が赴任された。ノノは、環境の変化についていけるのだろうかと、正直心配だった。今まで3年間以上ずっと同じ先生とマンツーマンで生活してきたのだから。
赴任されたY先生は、ベテラン先生だった。去年まで現役でお勤めになっていらしたそうだが、退職なさったにもかかわらず、どうしてもと頼まれて2ヶ月間だけとの約束でお引き受け下さったと後で知った。
初日、ノノは、連休明けで体調が悪いのか、ぐずぐずして学校に行きたがらなかった。今日から先生が変ると知ってるのだろうか?そんな疑問さえ感じた。帰ってくると少し咳が出ていた。翌日微熱が出て、あまり行きたがらないので、お休みさせた。環境の変化もあるのかなぁ。。とちょっと心配だった。
土日をはさんで、熱も下がったのでちょっと嫌がるノノを学校に送り届けた。学校では、Y先生がとても心配してくれていた。ノノは、それまで2年間無欠席だったからそれもあったのかもしれないけれど。
そんなスタートを切ったY先生とノノの学校生活は、夏休みまでの予定で1学期の沢山の行事をこなして行く事になった。特に1学期には宿泊学習があって、一泊してくる行事がある。大丈夫だろうか。。と心配だった。
そんな心配をよそに、Y先生は、遠足、学習発表会(学芸会)、宿泊学習、社会科見学、演劇鑑賞、プールと行事を次々にこなしていった。
単に無難にこなしただけではなく、ノノが一人で出来るだけやれるようにと先生は、沢山の配慮をしてくださった。
その変化は、わたしは、痛い程よくわかった。学校行事に行くと、ノノがどこにいるか探せなくなってきたから。みんなと溶け込んで、みんなと同じことが出来る。もちろん同じことが出来てるわけではないのだか、探すのに時間が掛かるくらい。
始めの予定では、夏休み前までだったが、今日まで期間が延びて、2学期の行事もこなして頂いた。プール納会、そして運動会。給食も沢山食べられるようになった。算数も引き算が出来るようになった。字を書く筆圧も安定してきた。
今日最後に、よくお礼を言った。先生は「わたしの力じゃありません。ノノくんの頑張りと、お父さんの頑張りですよ」と穏やかな笑みを浮かべてそうおっしゃってくれた。ありがとうY先生!
来週から、また新しい生活が始まります。一回り大きくなったノノを見て担任の先生は、なんとおっしゃるだろう?
夏の終わりと共に、ノノの生活も一つの区切りを迎える。
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この季節になると思い出すノノジジのエピソードがある。 前にも書いたが、ノノジジは、神経質で無口な人だ。ちょっと頑固で、あまりものを言わず。しかし、ちゃんとやることやる。そんな人だ。 ノノババが生きていた頃は、ノノババとノノ兄を乗せてドライブするのを趣味のようにしていた。「ちょっと一回りして来た」などと言っては、100kmくらい平気で走ってくるときもあった。 それは、数年前の夏に起こった。 私は、夏休みには、子ども達を1度は海に連れて行くのが習慣になっていた。海に行くといっても、ノノがあまり長く居られないから、日帰りで少しの時間だけなのだが。毎年、学生のボランティアさんをお願いして、ノノとノノ兄、私とノノママ、そしてボランティアさんの5人で出掛かることが多かった。 その年も、5人で海に行くように準備をした。もうノノババは、亡くなった後だったので、とりあえずノノジジにも軽く声を掛けた。「一緒に行かない?」しかし、思ったとおりノノジジの答えは「お前達だけでいって来い。」だった。 ノノババが生きていたときは、この日は、ジジとババが二人っきりになれる数少ない日の1つだったので、声も掛けなかったが、ノノジジもたった一人で留守番も退屈だろうと声を掛けるのだが、1度も首を縦に振ることは無かった。
| | 朝早くと言うほどでもない中途半端な時間に家を出た。 おそらく海に居られる時間は、2,3時間程度だろうからだ。ノノは、はじめの少しの間だけ海の雰囲気を楽しんでいるようだが、直ぐに嫌になって、泣いたり騒いだり、パニック状態になる。そうなったら、しぶるノノ兄を言いくるめて帰路に着くことになる。 その年も同じようだろうと思ってさほど早い時間では無く、海に着いたら遅い昼食になるくらいのつもりで家を出た。 毎年、同県内の海水浴場に行くようにしている。高速道路を使えば2時間は掛からない。遠浅の砂浜で、ライフセーバがいて、放送設備もある。そんな海水浴場じゃないとノノの行動力を考えると安心できないからだ。 その年の海は、晴れ渡って、暑い日ざしが容赦なく照りつけるまさに海水浴日和だった。前の年が雨に見舞われたのを思い出し、晴れてよかったと安堵した。 海に着くと、ノノは、待っていられずにそこらじゅうを走り回るので、車を降りるとノノママとボランティアさんは、追いかけるのに専念することになる。結果、私は一人で荷物を降ろして黙々とビーチの陣を設営することになる。まあ、どこのお父さんもさほど変らないのかもしれないが。 しばらく遊んでいると、案の定ノノは、ぐずり始めた。 もうこれが始まったら、なだめてあとどれ位もつか、の勝負となる。ノノ兄は、まだまだ遊び足りないのだが、ノノは、泣き喚き始める。
| | 帰るタイミングの判断はいつもノノママだった。「もう!かえるよ!」これで、全て撤収開始だ。ノノ兄もしぶしぶ海からあがる。私がまた一人で撤収作業をしている間も、ノノは、もう1秒も居たくないと言わんばかりにグズる。 やっとの思いで撤収を完了し、車を帰路に向ける。私は大役を果たしたような安堵の気持ちになる。 帰路について、直ぐのことだ。ノノ兄が、海岸線の、路肩に泊まった車を指差して「ノノジジだ!」と叫ぶ。 確かにノノジジと同じ軽のワゴン車が路肩に停まっている。良くある車種だ。 「ああ、そうだね!ノノジジと同じ…」と言いながら通り過ぎざまに我が目を疑う。 車の脇に立って海を見ながらタバコをふかしているその姿。だれあろうノノジジだ! ノノ兄が振った手に気がついたのか、ノノジジもこちらに気が付いたように見えた。 直ぐ近くのコンビニの駐車場に急遽入る。直ぐ後ろからノノジジの車が入ってきた。 「なんでここにいるの?」私が呆れて聞くと「ちょっとドライブ」と涼しい顔で答える。 一緒に来たボランティアの学生さんは目を丸くして驚いている。 ノノジジのことだから、高速は使わず一般道を来たに決まっている。2時間半は掛かるだろう。こんなに遠くまで独りでわざわざ。 「一緒に来ればよかったのに」と言ったが、「ドライブだから。」と。
コンビニの駐車場を後にして、ノノママとボランティアさんと私は3人で大笑いになった。 「ありえない!」 この季節になると思い出すノノジジの怪である。
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夏休みのはじめの数日間、地区の子供会で毎年ラジオ体操をしている。朝6時半からのNHKのラジオ放送にあわせて、地区の公園に集まって行う。
ノノは、毎朝、6時に目を覚ます。ほとんど正確にだ。学校が休みでも、夏休みでもこれは変らない。だから、時間的には、ラジオ体操に参加してもなんら問題は無いのだが、ノノは、毎年家でノノジジとお留守番をして、ノノ兄だけが参加するパターンだった。
参加しないのには、いくつか理由がある。大きな理由は、ラジオ体操が上手く出来ずに、走り回ったりして他の子に迷惑をかけてしまうのではないか、ということだ。他には、連れて行くのに骨が折れる私やノノママの都合だ。
4年生になって、ノノは、いろいろな面でだいぶ落ち着いて他のみんなと行動を共にすることが出来るようになってきた。それでも、全校集会のようにみんな並んで先生の話を聞くような場面では、じっとしていられずに何か独り言を言い始めたり、その場を逃げ出そうとしたりする場面があるようだ。それでも、以前に比べれば、見違えるほど団体行動時に我慢出来る時間が長くなってきた。
ラジオ体操にしても、学校では、みんなと一緒にその時間を過ごすことが出来るようになったと聞いていた。もちろん、きちんと体操が出来るわけではないのだが。
それでも、運動会の準備運動などで、みんなと一緒にラジオ体操をする場面では、先生に手をとってもらいながらではあるが、それなりに体操の形をまねて身体を動かす姿を目にすることが出来た。
今年はノノをラジオ体操に連れて行こう! 私は、秘かにそう決めて、夏休みを迎えた。
ノノは、夏休みに入ってからも、ちゃんと6時には目を覚ました。私のほうが寝坊しそうになりながら、それでも毎日一緒にラジオ体操を行う近所の公園へ行くことが出来た。
ノノは、はじめ、「ラジオ体操に行きます!」と言うと「だ〜め!いってらっしゃい!おわり!」と言って行くのを嫌がった。それでも私が、絶対に行くんだと態度を崩さないのを見て取ると、今度は、さっさと公園への道を歩き始めた。大人の私でも、早歩きしないと追いつけないほどの速さで、道の右端を一心不乱に歩く。
ノノは、いつも自分がしたく無いことで、どうしてもしなければならないと察すると、早く終わしてしまおうとする。この早歩きも早く終わしてしまいたいというノノの意思の表れだ。
会場の公園に着くなり、「おわります!」といって帰ろうとする。手を握って「ラジオ体操するんだよ!」と言うとしぶしぶその場にたたずんだ。時を置かずにラジオから聞き馴れたラジオ体操の歌が流れてくる。 「新しい朝が来た、希望の朝だ〜♪」晴れた空に響く歌を聞きながら、私はまた一つノノの希望の朝をかみ締めていた。
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ブログお引越しに伴いしばらくお休みさせて頂きました。
お休みしている間も、皆様から暖かい励ましの言葉を頂きましてありがとうございました。
これまで同様、また遊びに来ていただければ、とてもうれしいです。

ノノの小学校には、土俵がある。そして、年に一回この時期に校内相撲大会が行われる。学年毎に(1学年40人以下の小さい学校だが)全員がトーナメント戦を行い横綱を競う。
私は、この地区の出身では無いので、相撲大会の伝統については詳しくわからないのだが、ノノジジに聞いてみると、歴史はかなり古そうだ。子供達のお父さんの多くもこの土俵を踏んだらしい。
子供達は、学年があがるに連れてこの相撲大会に力を入れていくようだ。年をおう毎に誰が横綱だ関脇だなどと会話が聞かれ、練習にも熱が入る。
実際、試合を見ても、高学年の取組は見ごたえがあり、負けた子は、涙をこぼして悔しがるシーンも多くあった。
私が小学生の時通った新興住宅地のマンモス小学校には、土俵も相撲大会も無かったので、いま一つ軽んじて考えていたが、この子供達の真剣さや、地区中の年配者が集って見守る緊迫した雰囲気の中にあって、この相撲大会の伝統を感じずにはいられない。
ノノ兄は相撲大会の前日、夕食を出しに帰宅した私を早々に捕まえて何も言わずに手を引き玄関ホールにいざなった。なんだ?と思ったら既に彼は腰を下ろして戦闘態勢だ!「はっけよーい」声と共に突進!私はあえなくかべに叩きつけられる。「不意打ち、きたないぞ!」と言うと「はっけよーいって言ったじゃん」といってホールの中央に戻る。私も今度は負けない。6年生とはいってもまだ小学生。私の敵ではない。私も構えて。「はっけよーい」言い終わらないうちに突っ込んでくる。その力強さ。ぐいぐい押してくる。技を掛ければひとたまりも無いことは間違いないが、力で押してくるなら受けて立とう。甘く見ていたが、結構本気で押されてしまった。「するいぞ!パパは、靴下はいてるんだから。おまえは、はだしだろう!」「相撲は、はだしでするものですぅ」といってニヤッと笑う。「もう一回!」と私が言うと「もういいですぅ」と言ってさっさと行ってしまった。「勝ち逃げはずるいぞ!」と後ろから声を掛けると「勝負は1度きりですぅ」と。最初は手加減してやったのに。
大会の日うす曇りで観戦日和だ。高学年の対戦は、後なのでまずはノノが先だ。
ノノは、例年、友達の取組を座って見ている事が出来ず、ノノの番の少し前に担任の先生と会場に現れる。そして、先生と一緒に土俵に上がり、操り人形の様に先生と一緒に土俵の外に後ずさりして終了だ。そして、また教室に帰ってしまう。これがノノ流の相撲大会参加だった。
今年はとゆうと、なんとみんなと一緒に会場に座っている。そう、今、担任の先生は2ヶ月の休暇を取っているため、代わりの先生がついている。例年のことを知らないからかそれとも方針か、ノノを他の生徒と一緒に座らせ、先生も隣についてる。んーん座っていられるのだろうか?案の定、暫くするとノノは落ち着きをなくし立とうとしたり、先生の手を引っ張って退場しようとする。先生は、全く動じない。ベテランの先生だ。
そうこうしているうちにノノの取組の番だ。先生は、ノノの手をとって立ち上がらせると、土俵際で手を離した。ノノは初めて土俵に一人でたったのだ。
立ったのはいいが、ノノはニコニコしているだけで一向に仕切り線まで進まない。やっぱりそこまでか。と諦めかけた時。子供達から声が掛かった「ノノ!前!前だよ!」その声はだんだん大きくなり西も東もみんなが「まえ!まえ!」と声を掛かる。ノノは、ニコニコしたまま仕切り線までゆっくりと歩いた。みんな拍手してくれている。「はっけよーい」行司役の子供が声を掛ける。ノノはニコニコしたままゆっくりと押し出される。「よくやった!」声が掛かる。「ノノ!」声が飛ぶ。
最近涙腺がゆるい私は、このくらいのことで、人前で涙を見せないように努力している。だから、嬉しさを胸に秘めて見守っていた。ノノがちゃんとみんなのところに戻り、座ったのを見届けると。後ろから4学年のクラスの担任の先生が声を掛けてくれた。「ノノちゃん凄かったね!去年までは上がることも出来なかったのにねぇ!ほんとに凄い成長!お父さん褒めてやってくださいねぇ!」先生が興奮気味に早口でそう言ってくれた。さすがにうるうるしたが、「ありがとうございます」とお礼を言った。ふと私の側に座っていた4年生の女の子が「ノノちゃん偉かったね!」とニコニコして言ってくれた。幼稚園の時から一緒の子だ「ありがとうね!」さすがにこらえられずに、涙が出そうになった。
ノノは、この地区のこの子達、先生方と一緒に居られて本当に幸せだと思った。
さて、ノノ兄はとゆうと、結構接戦の末2回戦で敗退。体格の違いでかなわなかったようだ。かなり悔しそうにしていた。彼の小学校生活最後の相撲大会は終った。
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