自閉症の男の子を抱えるシングルファーザーの奮闘記。学校とのやり取りや家族の話、息子の様子などをつづる。
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《お知らせ》
ノノパパは、2006年再婚しました。応援頂いた沢山の方々に深く感謝致します。
《追伸》
2007年4月男の子が生まれました。
連絡メール
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免責事項
・このブログに書かれていることは、私の主観に基づくもので、学術的、法的などの裏づけがあるものとは限りません。また責任を負う物でもありません。
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[
自閉症
] /
2005/04/04 14:08:43
自閉症
が始まったのは、自閉症と言われた日ではない。自閉症は、先天的な障碍だ。親の苦悩は何も自閉症と言われた日に始まった訳ではない。そのこともあえて文章にしたい。私の罪は消えるわけでも癒える訳でもないが、もしかしたら、これを読んだ誰かを救えるかもしれないから。
私は
自閉症のことを良く知らなかった。そのような障碍があることは知っていたが、その特性がどんなものなのか知らなかった。
ショッピングセンター等で騒いだり大きな声を出して走り回ったりしている子を見た時、あなたはどう思うだろうか?陳列された商品を片っ端から落としていく子供を見たらどお思うだろうか?それがわが子だったどうするだろうか?
まだ、小さいから、言って聞かせてもわからない。だから、怒る。怒っても止めない。そして大声が罵声になる。それでも止めない。手を上げる。それでも止めないのだ。どうすればいい?
座っていられない。静かにしていられない。目を合わせない。悪いことでも止めない。騒ぐ。走り回る。パニックになる。寝ない。
ノノママ
は、いつも気が立っていた。思うに任せないノノと一緒に居る事だけでイラつく。罵声が飛び、手も飛ぶ。「なんでそうなの!」疲れ切っても夜寝ない。叩く、泣く、騒ぐ。私は、帰りが遅い。そんな生活をしていた。私も何度となく力でノノを制した。泣き喚いても制した。なんて頑固な子なんだ。
「生まなきゃ良かった」「この子さえ居なければ」ノノママは、時々そんなことも口にするようになった。
ノノママが、怒って叩いても私は、何も言えなかった。ある程度きつい躾が必要なのかも知れないと思っていたからだ。それでも常軌を逸っしてくるとしばしばノノを抱えてリビングで寝たりした。虐待なのでは?と思ったこともあった。もちろんノノが怪我をするほどひどいことはしていないと信じたい。私は、今振り返ってもノノママを責める事はできない。なぜなら私も共犯だからだ。ノノにとっては地獄の日々だったのかもしれない。
自閉症
と判った後も現状を打開する方法は、見つからなかった。「なぜそうなんだ」とゆう疑問の答えが「障碍だから」とゆう以外に生活の多くは変らなかった。なぜなら自閉症をどう扱っていいのか判らなかったからだ。そんな頃児童相談所の紹介で、ある自閉症の支援団体にノノを連れて行った。先生は、「ここに来るべき子です」とおっしゃった。そこでの先生の対応は、今まで見たことの無い接し方だった。目を合わせず、ゆっくり優しく声をかけ、行動を制限せず観察するようだった。ノノママとノノは、そこへ通うことになった。ノノママの話から私が受けた印象は、ノノの教育よりも自閉症児のお母さんの教育とケアに重点が置かれていたようにも感じた。それは、ノノママにとっては辛い日々だっただろう。私もできる限り一緒に通ってノノのことや、その対処を学んだ。これが無ければ混迷はもっとずっと長く続いただろう。
私が
言うのも痴がましいが私の失敗の様にならないでほしい。わが子がほかの子と違ったら、直ぐに専門家に相談してほしい。相談しても何も得られない場合もあるかもしれない。そんな時は、もっと広い視野にたって子供をよく観察してほしい。自閉症は、1000人に数人(最近の統計では6人とのデータもある)くらいいるのだ。決して少ない数ではない。
そしてもう一つ。両親で障碍を理解し育てて行く事。これがとても重要だ。ややもすれば父親は目を背けがちだ!父親の会で飲んで話していても、良く判らないから(妻に)任せっきりだと言うお父さんは多いし、「障害のある子は、我が子と思えない」と言うお父さんすら居た。とんでもないことだ。母親一人で背負いきれる問題ではないし、背負わせてはいけないことだ。
ノノママ
の心の傷は、癒えることは無かったのだと思う。その後病床に臥しても「二人だけだったらよかったね。子供は要らなかったね」と呟く事が多かった。そんな時私はいつも「ノノを生んでくれて感謝してるよ」と答えた。
ノノの療育手帳には、『要介護』の真っ赤なハンコが押してある。私には時々「要悔悟」に見える。
こめんと (
20
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とらっくばっく (
2
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自閉症とお付き合い
[
自閉症
] /
2005/03/30 21:30:41
自閉症
と言われた時、闘いが始まった。自閉症との闘いだった。どうしたら直るんだ?どうしたら良くなるんだ?どう接すればいいんだ?どんな事をどんな風に教えれば良いんだ?
いや、そもそも時間が経てば良くなるに違いない。ちょっと他の子と違うけど、いづれは良くなるに違いない。と思って闘っていた。自閉症と。
しかし幼稚園に入る頃、闘いは終った。自閉症との闘いは完敗だった。私の中で何かが終って何かが始まった。
幼稚園に
入ってから、自閉症の対処の日々が始まった。この子にどお対処すればいい?先生にどう対処すればいい?他の子や親御さんにどう対処すればいい?先生は、この子にどう対処してくれる?他の子供たちはどう対処している?
自閉症に振り回される。いつも新しい心の対処を作り出す。精一杯の対処。対処の生みの苦しみ。自閉症への対処は、私の中の常識をことごとく塗り替えた。あたらしい価値観が生まれた。
小学校に
入ってから、自閉症とのお付き合いが始まった。自閉症に対する心の動揺は無くなった。自閉症と上手くお付き合いすることを考えた。心が穏やかになった。自閉症も悪くないと思う瞬間もあった。
そして、将来の生活への不安が大きくなってきた。この子は将来生活して行けるのか?この子をどう生かせばいいのか?何が必要なのか?何をしてやれるのか?
自閉症とお付き合いしながら日々考えている。私の中に1つの野望が生まれた。
つづく
こめんと (
6
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とらっくばっく (
1
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幼稚園時代
[
自閉症
] /
2005/03/21 13:50:39
幼稚園
に入園させてもらってから暫くの間、ノノママは、ノノと一緒に幼稚園に通った。1つは、自分のことが全く出来ないことと、もう一つは、みんなと同じ場所に留まることが出来ないことの二つが集団生活をする上で大きな障害となるものだったからだ。
その頃のノノは、食事も数種類のものしか口にせず、食器やスプーンなどにも強いこだわりがあった。だから園での食事はご飯のみか、ふりかけをちょっとかけたものを口に運んでやらなければ全く食べなかった。実際昼食は、食べない日が多かったくらいだ。そして排便の問題。結局ノノは、幼稚園の間中オムツを使っていた。トイレトレーニングは懸命にノノママも先生もやったが、彼はガンとしてトイレでは用をたさずにオムツにしかしなかった。実は小4になる今でも排便の問題は解決していない。
もう一つが多動だ。まず同じところに留まらない。園児が集まって、園長先生の話を聞いていても、ノノはステージに上がって、園長先生の後ろで踊りのパフォーマンスを見せた。また、みんなが一斉に歌ったり、大きな音がすると耳をふさいでその場から逃げ去った。入園したばかりの頃は、園の外まで逃げて問題となったこともあった。
はじめの年の運動会では、先生やノノママに手を引っ張られて泣きながらひきづられるように走る姿に絶望感すら感じた。
そんな状態が
半年ほど続いただろうか。ノノママは、園に通わなくなった。通う必要がなくなったのだ。何が変ったのか?ノノは、相変わらず集団行動していなかったが、園の敷地から出ることが無くなった。彼は、自由気ままに園内を飛び回っていたが、どうやら自分のクラスを認識しクラスメイトも意識しているようだった。クラスの子達が何か別のことを始めると、必ずクラスに戻ってきて何をしているか観察して見切るとまた園内放浪に出る。といった感じだ。しかし次第に先生と手をつないで一緒に居られる時間が長くなってきた。排便に関してもオムツをしていたが、用をたすと自主的に職員室に知らせることが出来ようになったのだ。
ノノママが通わなくなって彼は、段々その集団の中に居られるようになってきた。何よりも他の園児がノノがそこにいて当たり前で、ノノがなんかしでかそうとするとちゃんと先生に知らせてくれた。
年長の年の運動会では、先生に手を引かれているが、自主的に一緒に走っているノノ姿を見ることが出来た。
この頃になると、周りの園児たちとの係わり合いがとても自然になってきているのを感じた。はじめは、つまはじきにされているような感じだったが、お友達がノノの存在を認め、話しかけたり手を引いたりしている姿が多くみられた。もちろん話しかけても答えたり出来ないのだが。
そんな姿を見て
小学校もこの子達と一緒に居られたらどんなにいいだろう!と思い始めた。しかし、この学区の小学校は1学年1クラスしかない小さな学校で、特殊学級は無かった。実際、同学区の1つ年上の自閉症の子は、別の小学校の特殊学級に通っていた。
しかし、ノノママは、奮起した。校長先生や教育委員会やありとあらゆる所にノノパパの首根っこをつかんで嘆願に行った。「この子を地元で育てたいんです。地元の子供たちとの関わりを断ち切りたくないんです。」いろいろ陳情に行ったがどこでも色よい返事は貰えなかった。私は、わらをも掴む気持ちで、県議会議員や市議会議員などに陳情に足を運んだ。意外にも、地元選出の県議会議員は、「わかりました。絶対と言えませんがなんとかしましょう」などと言ってくれた。私は公約は破るためにあるからなぁなどど思ってそう気にも留めなかったのだが、やるべきことは、やったとゆう感じではあった。
地元の小学校への入学の知らせが届いた時、私とノノママは、狂喜乱舞した。本当に嬉しかった。
こうして地元の小さな小学校にノノ一人の教室が出来上がった。
その奇跡は
卒園式のときに起きた。卒園式を間近に控え、ノノはどのように卒園証書を受け取るのか気になった。入園のときは、ノノママが終始ノノの隣に座っていたが、卒園はどうするのか?ノノママが園に問い合わせたが、園で対応しますから、お父さんお母さんは、普通にいらしてくださいとのことだった。
この園の卒園式は、1人1人の名前を読み上げて園長先生から証書を手渡す形になっていたので、ノノは当然先生に手を引かれて先生が受け取るんだろうと思っていたし、それより先にノノが卒園式の間中椅子に座っていることなどありえなかったので、あまり恥ずかしいことしてくれないように願っていた。
卒園証書授与が始まると、前の列から三人ほどが整然と檀の上に上がり、名前を呼ばれると園長先生の前に行って証書を受け取る、そして順次檀の上に上がる形式だった。ノノは、長い時間座っていられないからきょろきょろしたり声を出したりしたが、その都度ノノの両隣のお友達が手を握ったり制止したりしてくれていた。脇に先生などいなかった。これは、どうゆうことかと思ってみていたら、両隣のお友達がノノの手を取って立ち上がり、ノノを壇上に連れて行った。スムーズにだ。
そして、ノノの前の子が証書をもらってもその場を立ち去らず、ノノの番になると次の子と一緒に手をつないで証書を一緒に受け取ってくれた。そして前の子と一緒に手をつないで檀を降り、何事も無かったかのように自分の席に戻った。
何が起こったのか理解できないくらい衝撃的だった。ノノが、先生も親も介添え無しに何かを成し遂げた姿を始めて見た。この子達と先生に感謝の気持ちでいっぱいになった。この子達と一緒に小学校に行けてほんとに良かったと思った。
涙が止まらなかった。傍らでノノママが目を覆っていた。「ちゃんとビデオとったぁ!」と私を小突きながら。
つづく
こめんと (
13
)
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とらっくばっく (
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自閉症の考察 その1
[
自閉症
] /
2005/03/06 15:26:39
自閉症は
誤解の多い障害だといろんなところで耳にする。では、ほんとに理解している人は、どれくらいいるのだろうか?養護の先生でも自閉症について誤解をしているとしか思えない人もいる。だからといって今すぐにみんなが正しい知識を持つ術は無いのだろう。せめて、自閉症の子供を持つ親だけは、その障害を誤解無く認識する必要があると思う。しかし、まだまだ解らないことが多いのが現状だろう。
これから書く内容は、私が独自に調べた情報を基にしているため、必ずしも学術的に正しくないかもしれないし、全ての自閉症に当てはまるものでもないことをお断りしておく。
宇宙人
だと表現する人もいるほど自閉症の子供の行動は想定しにくいのかもしれない。それは、対蹠的に考えればバラバラなのかもしれないが、その原因から彼らの世界を考えればある程度想像できなくも無い。
自閉症は、言語に関する脳の障害だ。いや、正確ではない。言葉で上手く表す単語を私は知らない。
そもそもここで言っている言語の定義が難しい。言語とは、日本語とか英語とかも表わすのでこの場合、言語とゆう言葉は適切ではない。しかしほかの単語が見当たらないので便宜上”言語”で話をするしかない。
今私が
問題にしている言語とは、文法や単語ではなく、倫理的思考を行う道具の言語だ。これは人間の特徴とされ、ほかの動物には無いとされている。例えば、物事を考えている時、言語で考えているときがある。特に論理的思考だが、こうして、ああして、それでどうして...等とゆう考えなどだ。これは、われわれの認識や思想の中で言語が利用されていることを表わしている。自閉症は、この言語の能力に問題がある障害だ。人によって内容や度合いが違うので一概には言えないが、ここでは便宜上仮に言語を全く理解出来ないA君を考えてみよう。
A君は
全く言語を理解できない。これは、どのようなことか想像できるだろうか?目が見えない障害のある人がどんな状態かは目隠しをすれば、想像の発端を得ることが出来る。耳が聞こえない、等の障害も耳をふさげば、想像することが出来る。では、言語を理解でき無いのは、どうか?残念ながら、既に言語を理解している者は、それを正しく想像するのは難しいだろう。なぜなら、その想像こそが言語能力を使って考えているからだ。
しかし
全く想像不可能だと話が進まないので、それとは違うが、似た状況を想像してみよう。
例えばあなたが、ある日突然言葉が全く通じない部族の中に一人で置き去りにされたとしよう。あなたは、怖くて逃げ出そうとする。すると後ろから「○※▼□☆」と大声で声をかけられたとする。その場合、怖かったら無視して逃げるのではないだろうか?しかし、彼らの「○※▼□☆」は「止まりなさい」という意味だ、彼らは、止まれと言っているのに止まらないあなたにてこずるだろう。
そのあと、そこでしばらく暮らすとしたら、どうやってコミュニケーションをとるだろう?身振り手振りで説明したり、絵を描いたりするかもしれない。絵を描けばある程度伝えられることがある。それは、物の名前(名詞)や動作を表わす動詞の一部などだ。このことは、自閉症の子が耳からよりも絵から理解しやすいことを想像できる。そして、そうした物や事を表わす言葉は、比較的音を暗記することで憶えることが出来るだろう。では、名詞や動作を伴わないものは、どうやって伝えるのだろう?例えば、「ダメ」とか「危ない」とか。ダメなんか、×を描くかもしれないが、×にダメの意味があることは、言語を通して取得した知識だ。その部族の人は×は良い印と思っているかもしれない。危ないなんてどうやって絵にすればいいのだろう?どんな身振りをするのだろう?これらの言葉は、「○○〜はダメ」とか「○○が危ない」とか具体的なことがセットになって初めて意味を成すもので、その中から「ダメ」とか「危ない」とかゆうのは、言語によって抽象化認識されている部分で、A君はそんなものは全く理解できない。ただ後ろから大声で何かを叫ばれているだけだ。言葉を理解できる者は、段々その部族の言葉を理解しコミュニケーションできるようになるだろう。しかし、A君はいつまでも理解することが出来ないのだ。
そう考えると
「止まれと言ってるのに行く」「静かにしていろと言っても騒ぐ」など、A君には、全く解らないからなのだ。これは、言語を基にした抽象認識を必要としているからだ。目の見えない子に、信号が青のとき渡るんだ!と言ってるようなものだ。
では、実際の自閉症の子は、これに当てはまるかと言うとそうでもない。前途したように言語の理解力が全く無いのではなくて、それぞれ違うし、得意不得意もあるからだ。言語を理解できない結果起こす行動自体は、個々の性格によって起こされもので、一概ではない。また、言語を基にした抽象概念もヘレンケラーのようにあるきっかけで、理解できることもあるかもしれない。
いづれにしても、「なぜ何度言っても解らないんだろう」と考えずに、言語が見えない子にどうしたら理解させられるのか、言語の目を閉じて考えてみる必要があるのではないだろうか?
つづく
こめんと (
7
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とらっくばっく (
1
)
自閉症って暗い子?!
[
自閉症
] /
2005/02/26 15:45:17
自閉症
をはじめて聞いたのは、ノノが3歳になる前だったと思う。この日がはじめて知った運命の日!って感じじゃなく、ノノママから行き付けの小児科の先生から「まだはっきり言えませんが自閉症かも知れませんって言われたの」と聞いただけで、「えーどこが自閉なの?こんなに活発なのに」なんて素っ頓狂なことを言ってた。私は、そのとき「自閉症」が何かまったく知らなかった。なにか性格の問題か何かだと思ってました。
その後ノノママは、児童相談所やいろいろな施設等に行って相談していた。今思えば、あの頃私は、普通のサラリーマンをしていたし、ことの重大さに気がついていなかったし、ノノママに任せっきりだった。
やっぱり自閉症
だって。って話になってやっと私は、自閉症について調べ始めた。文献やインターネットで調べていくうちに確かに多くの点でノノが当てはまったがなんとなく信じきれず、真実を理解できずにいた頃だった。
ノノママは、「子供嫌い」と自称するタイプの人だったし、ノノは、まったく言うことを聞かずに暴れまわっていたので、ノノママが虐待とまでは行かないけど手を上げるシーンがたびたびあった。私も強くノノを制したりすることがあったので、心の病気になってしまったと思っていたこともあったかもしれない。
3歳
くらいから自閉症の支援施設に週3回くらい通うようになった。週2回は、少人数指導でノノママの子供に対する接し方の勉強が主なような感じだったようだ。ノノママは、かなり苦労しただろうし無理もしたと思う。残りの週1日は集団での指導で、ノノパパが休みの日だったので出来るだけ毎週欠かさず行くようにした。
そこで、初めて多くの自閉症児を見て、だんだん自閉症が何なのか自分で消化できるようになっていった。そのころは、自閉症の支援施設にお父さんの顔を見ることがほとんどなかった。みなお母さんが一生懸命自閉症のわが子と共に頑張っていた。私は、出来るだけノノとかかわってあげたかったし、何よりもお母さんだけで受け止める問題では無いと思っていたので、ほかのお父さんももっとかかわってあげるべきだといつも思っていた。
幼稚園
は、年中から地元の幼稚園が入園させてくれたので、お世話になった。幼稚園になんか行けるんだろうか?とても心配だった。
入園式の日、ノノはその場に座っていることなど出来ず、園中を走り回って騒いだ。世間の冷たい目線を一身に浴びて、自閉症児ノノのご近所デビューとなった。一緒についていたノノママの想いを推し量ると。。。
つづく
こめんと (
8
)
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とらっくばっく (
1
)
ノノくんは自閉症児
[
自閉症
] /
2005/02/18 19:09:26
ノノくん
は自閉症の男の子。小学校3年生。
自閉症って誤解の多い障害なのでなかなか周りには理解してもらえない。
ノノパパだってはじめは誤解いっぱいしてました。
ちょっと遅れてるだけ。いつか良くなる。なんてね。
でも、
ほんとは先天的な脳の障害に基づくもので、一生のお付き合いなんだ。
それを信じるまでには、かなり時間が必要だった。
だって、あなたの子供は、一生直りませんなんて言われたら。。。
今
思えばママはどんなにショックだったろう?!
毎日毎日終わりが見えない暗黒のトンネルを歩くのはさぞ辛かっただろう
パパの想像を絶する努力と絶望と悲しみと....
ノノくん
は今日もとっても元気に学校へ行きました。
パパはそれだけで今は十分です。
こめんと (
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