自閉症の男の子を抱えるシングルファーザーの奮闘記。学校とのやり取りや家族の話、息子の様子などをつづる。
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朝の災い
[ ノノママ ] / 2005/02/28 13:50:21


今朝、6時過ぎに携帯のメール着信音が鳴った。私は、野菜炒めを作っていたので直ぐには見なかった。しばらくするとまたメール着信音が鳴った。
 こんなに朝早くメールをよこすのは、ノノママくらいだ。でも2回もよこすのは、急用かもしれないので、朝食支度の手を休めてメールを見た。

一通目は、”昨日断酒会に行ってきたが、そこの会長さんが好みだ。しぶくてやさしくてロマンスグレーでタイプだ!”って内容だった。なんなんだ?朝から。
 確かに既に離婚しているわけだから、ほかの人を好きになったって問題は無いわけだが、朝からメールよこす内容なのだろうか?これ以上考え込むとなんかムカついてきそうな予感がしたので、考えるを止めて、次のメールを見た。

二通目は、”やいてんの(^^ ”ってメールだった。やいてるんじゃなくて野菜炒めてんだよ!って思いながらちょっとムカつきそうになる自分を野菜の炒め具合に集中させた。
 きっとハイな状態なのだろう、うつの薬を使っているから上がりすぎたんだろう。たまにそんなときもある。
 いづれにしても、すがすがしい月曜の朝って気分でなくなっていたことは確かだ。

その後、ノノにご飯を食べさせ、(ノノは、食事に介助が必要だ)仕度をして学校へ車で送っていった。今朝は、うっすら羽毛のような雪が少しだけ積もっていた。
 学校着くと、いつも正門ではなく脇の門の前に車をつける。こっちのほうが昇降口に近いのと、車で正門から入って、事故でも起こしたら大変なのでこちらから入る。脇の入り口付近は、誰の足跡も無くうっすらしろく積もった雪が綿のようだった。
 車から降りると門をくぐる。門のところはいつも凍っているので、ノノが転んだりする。
 が、今朝に限って、車から降りたとき、ちょっと強い風が吹いて辺りの木々から雪が少し飛んできてノノに降りかかった。私は、ノノの後ろから雪を払いながら門へ入っていった。

その瞬間、体が宙に浮くようにしりもちをついた。地面が鏡のように凍っていた。手には給食袋と体育袋とズック袋。見事に転んでしまった。
傍らでノノが「ざんねん。」とつぶやいた。


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仕事が先か家庭が先か?
[ ノノパパ ] / 2005/02/27 12:45:40


 仕事をしてお金を稼がなければ、生活が出来ない。仕事の都合を立てれば家庭のことはできない。これを両立させるのがなかなか難しいのは私ならずも多くは同じだろう。そこで夫婦の分担があるのだろうが、分担内容については、それぞれお互いを推し量るのには限界もあるだろう。こと子育ての分担は、その考え方はまちまちだ。

 私は、数年前まで大手電気メーカに勤めるサラリーマンだった。仕事は、忙しかったし、帰りも遅く休日もたびたび出勤していた。しかし、それらは当然のことでなんの疑いもなく生活費を稼ぐことが家庭を守ることだとでも思っていたのかもしれない。
 子供や家庭のことはノノママに任せっきりになってた。いやその当時の私は、仕事が忙しいのに十分家庭サービスをする奇特な夫だと思っていた。たとえわが子が自閉症だと知らされても、生活するにはまず仕事だと。。。そんな愚かな考えが崩れ去る日が着々と近づいているとも知らずに。

 ノノママは、ノノに掛かりっきりになっていた。精一杯限界を超えていた。今思えば、そうゆうサインを私が見逃していたのだろう。ノノママは段々体調の悪さを訴えるようになった。どこが病気とゆうわけではないのだが。
 
 私は、ノノママが連れて行っていた自閉症の支援施設や児童相談所や療育センターや小児科や役所の福祉課や.....いろんな所に同行した。そして分かった。これはノノママに任せておいてそれでいい問題じゃないと。物理的な負担も当然あるが、それ以上に精神的な負担が大きかった。ノノを連れて歩くだけでも相当大変だった。

 ノノママは、ノノババが突然亡くなってしまったこともあって、どんどん具合が悪くなっていった。精神科から買い物袋ほどの薬を持ち帰るようになっていた。私も仕事を休んだり早退したりせざるを得なくなった。会社は、表向きは家庭の事情で便宜を図る様な感じではあったが、当然そんな甘いものではない。転勤の話が持ち上がった。

 昔の私なら転勤なんて当然だと思っていたし、実際転勤に応じる以外のことは考えもしなかっただろう。ノノには、生活する場所(環境)が重要であったしその場所を与えるのが一番重要なことだ。お金がなければ生活できないのは事実だが、生活自体を失ったらお金は無意味なものだ。

 私は、会社を辞めた。仕事や生活の目処など全く無かった。でも正しいと思った。私が守らなければだれが守るのだろうか。


 今は、既にノノママも居ない。仕事は、細々と自分で出来ることをやってお金を稼いでいる。でも、不思議なことに沢山お金を貰っていたあの頃よりも今の貧乏生活の方が充実感がある。お金では買えないものは確かにあるのだ。
 
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おそうじができる?
[ ノノくん ] / 2005/02/26 16:27:43


 担任の先生から、3学期からの掃除の様子の写真を頂きました。2学期までは、外掃除の班をお手伝いしていたようで、草むしりなんかを先生としていたようですが、直ぐに飽きてどっかに駆け去って行くこともたびたびだったようです。

 3学期からは、教室や廊下の掃除の班を手伝っているようで、一生懸命やっているようです。
 写真を見るとキチンと掃除できてるようですが、担任の先生は、もう3年間もノノと一緒にいるので、シャッターチャンスを逃さないのです。ですからいつもキチンと出来ているのではないと思います。。
 でも、雑巾がけが出来たり、ごみ捨てが出来たりと入学した頃では、考えられないほどいろんなことが出来るようになりました。

 何よりもほかの子供たちが、ノノにちゃんとかかわってくれている姿を見るととても嬉しいですしありがたいです。
 地元の小学校に無理して入れて良かった!と思う瞬間です。

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自閉症って暗い子?!
[ 自閉症 ] / 2005/02/26 15:45:17
自閉症をはじめて聞いたのは、ノノが3歳になる前だったと思う。この日がはじめて知った運命の日!って感じじゃなく、ノノママから行き付けの小児科の先生から「まだはっきり言えませんが自閉症かも知れませんって言われたの」と聞いただけで、「えーどこが自閉なの?こんなに活発なのに」なんて素っ頓狂なことを言ってた。私は、そのとき「自閉症」が何かまったく知らなかった。なにか性格の問題か何かだと思ってました。
 その後ノノママは、児童相談所やいろいろな施設等に行って相談していた。今思えば、あの頃私は、普通のサラリーマンをしていたし、ことの重大さに気がついていなかったし、ノノママに任せっきりだった。

やっぱり自閉症だって。って話になってやっと私は、自閉症について調べ始めた。文献やインターネットで調べていくうちに確かに多くの点でノノが当てはまったがなんとなく信じきれず、真実を理解できずにいた頃だった。
 ノノママは、「子供嫌い」と自称するタイプの人だったし、ノノは、まったく言うことを聞かずに暴れまわっていたので、ノノママが虐待とまでは行かないけど手を上げるシーンがたびたびあった。私も強くノノを制したりすることがあったので、心の病気になってしまったと思っていたこともあったかもしれない。

3歳くらいから自閉症の支援施設に週3回くらい通うようになった。週2回は、少人数指導でノノママの子供に対する接し方の勉強が主なような感じだったようだ。ノノママは、かなり苦労しただろうし無理もしたと思う。残りの週1日は集団での指導で、ノノパパが休みの日だったので出来るだけ毎週欠かさず行くようにした。
 そこで、初めて多くの自閉症児を見て、だんだん自閉症が何なのか自分で消化できるようになっていった。そのころは、自閉症の支援施設にお父さんの顔を見ることがほとんどなかった。みなお母さんが一生懸命自閉症のわが子と共に頑張っていた。私は、出来るだけノノとかかわってあげたかったし、何よりもお母さんだけで受け止める問題では無いと思っていたので、ほかのお父さんももっとかかわってあげるべきだといつも思っていた。
 
幼稚園は、年中から地元の幼稚園が入園させてくれたので、お世話になった。幼稚園になんか行けるんだろうか?とても心配だった。
 入園式の日、ノノはその場に座っていることなど出来ず、園中を走り回って騒いだ。世間の冷たい目線を一身に浴びて、自閉症児ノノのご近所デビューとなった。一緒についていたノノママの想いを推し量ると。。。

 つづく
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雪上教室
[ ノノくん ] / 2005/02/25 21:42:59


 先週、行われた雪上教室のときの写真が届きました。ノノは1年、2年生と一緒にチューブ滑りやソリ遊び中心の雪上教室に混ぜてもらいました。
 1年の頃は、ソリ滑りを怖がって担任の先生の手を引いてべそかいていたのですが、3年目ともなるとなれたもので、何度も何度も滑り、担任の先生が、「私の体力ではついていけませんでした」と苦笑いしていました。
 「来年はスキーをやってみてもいいかもしれませんね」って。エっ!スキー?ちょとそれは...大変かも...
 なにはともあれ、本人も満足したようで、夜は、ぐっすり寝ていました。

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ノノくん行方不明になる!?
[ ジジとババ ] / 2005/02/24 21:34:37

 下校時は、ノノジジが車で学校まで迎えに行く日がある。週に2日間は、下校指導で徒歩で帰ってくるが、あとは、車で学校まで迎えに行く。ノノジジは、結構神経質な人なので、大体は時間より早く学校について、ノノが出てくるのを待ている。いつもは、担任の先生が一緒に外まで出てきて、ノノをノノジジに引き渡す格好である。


 今日は、たまたまノノが一人で出てきたので、ノノジジはノノを車に乗せると、先生が来るのを待っていた。しかし今日に限ってノノが早く車を出すように騒いだので、ノノジジは、しばらく待っても先生が来ないので、何の気なしにそのまま家に戻って来たのだ。一見たいして問題は無いように思えるが、その頃学校では、大変な騒ぎになっていた!


 ノノくんがいない!実は、今日は担任の先生が午後から出張だった、変わりにいつもは空いている先生が、面倒を見てくれるのだが、今日に限って出張の先生が多く、校長先生がノノの下校準備をしてく下さっていたのだ。後で分かったことだが、こうゆうことらしい。
 

 校長先生が、下校準備をさせようとノノの教室に行ったら、ノノの姿がなかった。そこで校長先生は、校内を探した。その頃ノノは、既に一人で机の中のものをランドセルにしまい、外套を着て外に出ていたのだ。そしてノノジジに早くこの場を立ち去るように騒いだのだ!いわば確信犯!
 校長先生は、いよいよ校内に見当たらないので、ノノの下校路をひたすら2km歩いて家まで来てくれた。そしてノノジジに「ノノくんは、帰ってますか?」とだけ聴いて帰ったそうだ。


 仕事から帰ってその話をノノジジから聞いて、私は直ぐことの真相を悟った。今日は校長先生が下校の準備をすると予め連絡があったからだ。
 とるものもとりあえず学校に行って、校長先生に謝った。校長先生は、いいえ私の責任ですから。と言ってくれたので、ほっとした。
 ノノジジにちゃんと先生に言ってから連れてくるように言ったが、ノノジジは、何が悪いのかよくのみ込めていないようだった。

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書初めで金賞
[ ノノくん ] / 2005/02/23 13:03:13


 先日、担任の先生からノノくんがもらった賞状を受け取りました。もちろんとても上手いと言える作品ではないのですが、ちょっと嬉しくなりました。

 ノノが通っている小学校は、特殊学級はありませんでした。ですから、ノノが小学校にあがる前の年は、特殊学級のある小学校や施設をいくつか見学しに行きました。
 隣の学区で一番近い小学校へ見学に行ったときのことです。その小学校には、2クラス、情緒と知的に分けて特殊学級がありました。私が見学に行ったときは、たまたま教室には5年生の自閉症の少年1人しかいない時間で、書写の授業を始めるところでした。
 そのときノノは、まだ幼稚園でしたので、その5年生の子がとても大きく見えました。その少年は、先生が細かく指示を出してはいますが、ほとんど自分で準備をして、字を書きはじめました。とっても上手に字を書く少年を見て、ノノは5年生になったらこんなことが出来るようになるのだろうか?いや絶対無理だ!などと思って複雑な気持ちで見つめていたことを思い出しました。

  今は、決して上手とは言えないにしても、先生が手を添えて手伝ってくれたとしても、こんな風に字が書けるのを見るととても嬉しく思います。こうして努力してくださっている先生方に頭が下がる思いです。

 3年生も、もう残りわずかです。来年度は担任の先生変わってしまうのかなぁ?この季節になるといつも心配になります。

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死と向き合って
[ ノノパパ ] / 2005/02/22 17:41:23


 私は、結婚する以前の若い頃に何度か死んでしまいたいと思ったことがある。いろいろな悩みや満たされない欲求でかなり本気でそう考えていたように思う。そのときは、耐え難い精神的苦痛を味わい死ぬことでしか逃れる術が無いと思っていた。
 今思えば、死んでしまうことで逃れられる悩みや苦痛は、小さなものだと思える。死んで解決してしまえる自由を持ち合わせていること自体、まだ幸せなことなのかもしれない。
 本当の苦痛は、死をもって逃れることが許されない苦痛だ。

 ノノママは、包丁を振り回して死ぬ!と叫んだ。ノノを殺してあたしも死ぬ!と。私のほうが死にたかった。でも、それはどう考えても容認できるものではない。
 ノノは、障害を持っている。けどだからといって生きる権利を奪う権利が親にあるのだろうか?確かにこのまま死んでしまえば楽になれると悪魔が頭の中でささやいていた。でも、だからといって天使のようなこの子の命を奪うことが許されるのか? ノノママは疲れていた。毎日毎日がんばっても、この子はだんだん話せるようになんかならない。一生続くこの道が暗黒に見えるのは容易に理解できる。

 私は今、出来るだけ長く生きたいと思っている。生きてノノを守ってあげたいと思う。でも、おそらく確実に私のほうが先に死んでしまうだろう。私が死ぬまでの間にノノが生きていける環境や人たちを探さなければならない。ノノの生活を助け、または助け合い共に生きてくれる誰かを何かを探さなければならない。

 このブログは、私がどんな事を考えてノノと共に居るのか。まだ見ぬ未来の協力者に同朋に残す長い永い遺言状なのかもしれない。
 
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ノノの通学
[ ノノくん ] / 2005/02/21 19:19:00


 ノノは、小学校3年生。家の学区の小学校に通っています。1年、2年はノノパパが手をつないで、毎朝学校まで歩いて通学していました。3年生になってからは、車で学校まで送って行ってます。
 ノノが歩くのがイヤになったのではありません。ノノパパの都合で、そうなってしまいました。

 ノノママは、ノノが2年生になったころからほとんど家事が出来なくなりました。そして2年生の終わり頃には、入院してしまいました。朝ごはんはノノパパが作って食べさせるようになりました。家から学校までは、2km弱あります。この道をノノと二人で学校まで歩いていくのは、そう辛いことではありませんでした。
でも、ノノの足で学校まで30分ほど、帰り道が20分ほど掛かるため、朝の家事を済ませて、歩いて往復すると、とても仕事に間に合わなくなってしまうのです。

 学校が終るとノノジジが迎えに行きます。週に2回は、途中まで先生と一緒に歩いてきて、途中からノノジジにバトンタッチする下校指導を行っています。

 4年生は、歩いて登校できるようにがんばりたいなぁ。
ノノパパがあと1時間早く起きればいいだけのことなんだから...

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ママが来ない日曜日
[ ノノママ ] / 2005/02/20 13:43:19


以前は、日曜日になるとノノママが家にやって来てノノと遊んで行ってくれました。
 最近は、来なくなりました。来るのがイヤになったのではありません。ノノママは、自立すべく資格試験の勉強をしています。日曜日は学校に通っているために来れなくなりました。
 早く資格がとれて、また来てくれればいいなぁ

ノノママは、去年まで入退院を繰り返しました。今も通院してますが、以前よりずっと安定していると思います。うつとアルコール依存がひどかったのです。ノノのことや家のことでいっぱいになってしまったのでしょう。ノノパパにもかなり責任があると思ってます。
 どうしてもママに負担が掛かるし、仕組みやサポートもママが中心となることを前提としているようです。

先日、自閉症親の会の支部長さんから電話がありました。
(支部長) 「もしもし、ノノくんのお父さんですか?」
(ノノパパ) 「はい」
(支部長) 「やっと連絡が取れたぁ。」
(ノノパパ) 「はい」
(支部長) 「お母さんはいらっしゃいますか?」
(ノノパパ) 「あ、ちょと...居ないです。」
(支部長) 「まだ入院してるんですかぁ?」
(ノノパパ) 「いえ、あ、あの、ちょと..家には居ないんです。」
(支部長) 「実家にいらっしゃるんですか?」
(ノノパパ) 「あ、あのぉ、いま一人で暮らしてるもんで。。」
(支部長) 「?...」
(ノノパパ) 「私が伺いますが。。」
(支部長) 「...それって皆さんご存知じゃないですよねぇ!?」
(ノノパパ) 「はいぃ(^^;」
(支部長) 「連絡網の○○さんから、おたくに連絡が取れないって言われてたから」
(ノノパパ) 「はい」
(支部長) 「それじゃこれからはお父さんにご連絡するってことで」
(ノノパパ) 「はい」
(支部長) 「でもお父さんだと行事とか参加できませんよねぇ。一応連絡しますけど」
(ノノパパ) 「は、はぁ」

 こんな感じで、ママが居ないとだめなのかなぁって。もしかして親の会の親ってママのこと?? ちょと落ち込みました。

ノノくんは、今朝もにこにこ。
(ノノパパ) 「いってきます!」
(ノノ)    「いってきます!」
(ノノパパ) 「いってらっしゃい!」
(ノノ)    「いってらっしゃい!」


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